19c Vintage Silk Waistcoat made in France (unknown maker)
西国ではついに櫻が葉櫻となり、陽気が肌に感じられるような気候になってきました。それでも日蔭にはいると肌寒いときもあり、それを考えると、いまが上着やニット、それに「袖無しの胴衣」を最も愉しめる時季のひとつといえるかもしれません。
さて、「袖無しの胴衣」と一口に申しましても、言語によってヴェスト(米)とかウェストコート(英)とかジレ(仏)とか様々な呼ばれ方をしますが、いまや着用のされ方も多種多様となっており、普段着としてTシャツのうえに着るようなものから、燕尾服と組み合わせて着られるごくフォーマルなものまで、様々です。
今回ご紹介するのは、19世紀のフランスで仕立てられた絹製のウェストコート(フランスものなのでジレと呼ぶべきでしょうか)です。七つ釦の立ち襟に近い仕立ては、現在では殆ど見られなくなりました。前身頃には黒と赤の絹糸で文様が織り出されており、後身頃は漆黒のシルクサテン地。釦は最初貝を削り出したものかと思いましたが、違うようです。裏地に張られているのはかなり密に織られた綿布で、生成りの地色に太めの藤色縞と細い黒縞三本が品よく配されていて、内釦はの素材はコロッツォでしょうか。
仕立てられた時代が時代だけに当然経年劣化や着用感などもある訳ですが、歳月を経てなお輝く「重み」がじんわりと伝わってくる品です。前身頃にあしらわれている生地ひとつとっても、眺める角度や光の分量によって黒と赤の割合が異なってみえる「玉虫」のような凝った織りがされていますし、柔らかさとしなやかさと独特の「乾き」が同居した触感は、今まで味わったことのないものです。裏地に生成りと藤色と黒色のマルチストライプをあしらう感性も美事だとおもいます。
クラヴァットやスカーフなど小物は別として、あまり「古着」に関心をもってこなかった僕ですが、たまにこうしたオーラを発散している古着と出逢うと、蒙を啓かれるおもいがします。細部の仕様や生地の質など、時代の違いという「埋めようのない差」を超えて、現代に連綿と繋がる先人たちの心意気が感じられるような…
実際に着用してみると、僕の体型に割とあっているようで、前身頃のフィット感などはなかなかのものです。このジレに雰囲気の合う上着やトラウザーズを誂えるという愉しみもできました。合わせようと考えているクラヴァットは、ふるいARNYS製のプリントもの。19世紀以前の宮廷服や軍服を唯一無二の感性で現代に蘇らせていたのがARNYSというメゾンでしたが、小物に宿っている魂もまたしかりで、こうした古着と組み合わせても違和感がないのには驚かされます。