2014年4月19日土曜日

ぬののかんばせ 参 -a face of the textile 3-


19c Vintage Silk Waistcoat made in France (unknown maker)
 
 西国ではついに櫻が葉櫻となり、陽気が肌に感じられるような気候になってきました。それでも日蔭にはいると肌寒いときもあり、それを考えると、いまが上着やニット、それに「袖無しの胴衣」を最も愉しめる時季のひとつといえるかもしれません。


 さて、「袖無しの胴衣」と一口に申しましても、言語によってヴェスト(米)とかウェストコート(英)とかジレ(仏)とか様々な呼ばれ方をしますが、いまや着用のされ方も多種多様となっており、普段着としてTシャツのうえに着るようなものから、燕尾服と組み合わせて着られるごくフォーマルなものまで、様々です。

 
 今回ご紹介するのは、19世紀のフランスで仕立てられた絹製のウェストコート(フランスものなのでジレと呼ぶべきでしょうか)です。七つ釦の立ち襟に近い仕立ては、現在では殆ど見られなくなりました。前身頃には黒と赤の絹糸で文様が織り出されており、後身頃は漆黒のシルクサテン地。釦は最初貝を削り出したものかと思いましたが、違うようです。裏地に張られているのはかなり密に織られた綿布で、生成りの地色に太めの藤色縞と細い黒縞三本が品よく配されていて、内釦はの素材はコロッツォでしょうか。



 仕立てられた時代が時代だけに当然経年劣化や着用感などもある訳ですが、歳月を経てなお輝く「重み」がじんわりと伝わってくる品です。前身頃にあしらわれている生地ひとつとっても、眺める角度や光の分量によって黒と赤の割合が異なってみえる「玉虫」のような凝った織りがされていますし、柔らかさとしなやかさと独特の「乾き」が同居した触感は、今まで味わったことのないものです。裏地に生成りと藤色と黒色のマルチストライプをあしらう感性も美事だとおもいます。


 
 クラヴァットやスカーフなど小物は別として、あまり「古着」に関心をもってこなかった僕ですが、たまにこうしたオーラを発散している古着と出逢うと、蒙を啓かれるおもいがします。細部の仕様や生地の質など、時代の違いという「埋めようのない差」を超えて、現代に連綿と繋がる先人たちの心意気が感じられるような…



 実際に着用してみると、僕の体型に割とあっているようで、前身頃のフィット感などはなかなかのものです。このジレに雰囲気の合う上着やトラウザーズを誂えるという愉しみもできました。合わせようと考えているクラヴァットは、ふるいARNYS製のプリントもの。19世紀以前の宮廷服や軍服を唯一無二の感性で現代に蘇らせていたのがARNYSというメゾンでしたが、小物に宿っている魂もまたしかりで、こうした古着と組み合わせても違和感がないのには驚かされます。

2014年4月8日火曜日

ぬののかんばせ 弐 -a face of the textile 2-


Vintage Swiss Silk Scarf made by A. Sulka & Company, NY (sine anno)

 「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづごころなく 花の散るらむ」とは紀友則の名歌ですが、その心境を味わうにふさわしい、穏やかな春の日がこのところ西国では続いております。その盛りはほんのひと時のことで、潔く儚く散ってゆく櫻の花をじっと眺めていると、不思議な憧憬がわいてきます。

 春の色と一口に言いましても、ひとによって様々な色を想い起こされるでしょうが、「櫻の時季」に限定するとすれば、やはり櫻色を於いてほかにないと思います。日本の古色名でいう「櫻色」はかなり淡いピンクなので、そのものズバリという色合いのものがワードローブにはなかった、「櫻の時季」から「初夏」に軽やかに纏いたくなるスカーフなら見つけることができました。


 前回の「ぬののかんばせ」と同じくスイスシルクを用いた、A. Sulka & Companyのヴィンテージハンドプリントスカーフです。制作年代はわかりませんが、特徴として挙げられるのは、crêpe de Chineという平織りの縮緬のような素材を用いていること、ピンクと青の色出し(赤味のつよいピンクと濃い空色のブルー)がむかしのスイス独特のものであること、描かれているモティーフが所謂コロニアル(植民地)調であること、といったところでしょうか。


 このスカーフと出逢ったとき、生地と色合いと柄が三位一体となって醸し出す色気に溜め息がもれました。縁かがりの繊細さも現在のスカーフにはなかなか見いだすことが難しいのですが、何よりも全体から発散している品格には敵わないものを感じました。


 独特の筆遣いで描かれた、コロニアルな柄…ムガル帝国時代のインドが舞台なのか、象や馬に乗ったマハラジャや貴族たちが散歩しているさまが、すこし漫画チックに表現されています。スカーフ中央部にはひとびとの生活の様子がちいさく描かれ、薄紅と薄群青の絶妙の配分と対比が、じつに美しいのです。



 実際の色合いをお伝えできないのが残念ですが(ピンクもブルーもずっと鮮やかです)、こうした古の逸品をご紹介することによって、受け継がれてきた(筈の)色彩感覚や感性といったものを偲ぶよすがとなれば、幸いに思います。

2014年3月28日金曜日

ぬののかんばせ 壱 -a face of the textile 1-


Vintage Swiss Silk Scarf made in France (circa.1950)

 もう、春ですね。鶯のさえずりなど耳にすると、これが「春のおと」だなぁとしみじみ聴き入ってしまいます。
 
 さて、所謂ヴィンテージとかアンティークとか云われる骨董小物のなかには、とても質が高いにも関わらず案外悪趣味な柄・配色のものも散見されますが、このスカーフは柔らかい手描きの線と、実に絶妙の色合いで染められた二色(フランスと日本の古色でいえば、Cendre(枯色)とBlue de Côte d'Azur(薄縹)あたりでしょうか)の配し方が、えもいわれぬ優雅さと洗練を醸しています。古くささを感じさせない「時代を超えた時代性」って存在するんですね。
 
 不思議な装飾をもった馬や花の手描きの曲線にせよ、配色にせよ、実際につくられたとおぼしき時代よりももっと昔…ベル・エポック期のかほりさえ漂います。そしてなにより、絹の質が凄い。とても密に織り込まれた繻子(サテン)地ですが、蕩けるような感触と巻いてみたときの豊かな膨らみと張りは、やはり現代では得難い質だとおもいます。軸がぶれていないというか、「質の高いスカーフとはこういうものだ」という誇りが伝わってくるような質なのです。

 それにしてもこのツートンカラー、なんだか江戸時代の日本でも好まれそうな配色だと思われませんか?

2014年1月4日土曜日

謹賀新年

 元旦の歯をていねいにみがきけり 草城




 "triplo ritorto"を応援してくださっている皆さまがより佳き一年を過ごされますことを、こころより祈念しております。
 
 今後ともご愛顧またご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い致します。

 平成二十六年甲午 三が日明けに

 Y. J. K